東ローマ帝国

    Imperium_Romanum


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    名無しの歴史部員 2018/05/18(金)15:13:51.10 ID: gIpMa+4P0.net

    ぼく「ロムルスとレムスから続く元老院とローマ市民がいるところ、つまりれっきとしたローマだゾ」
    アラブ人「でもお前ギリシャ人じゃん」
    西欧人「ビザんちーん(笑)」
    敵のババア「キリスト教の国教化によりローマの特性文化が変質して云々」

    ぼく「あ…ああああ…」




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    名無しの歴史部員 2018/01/26(金)02:53:02.51 ID: E1YCxNTy0.net

    ローマ攻防戦

    東ローマ軍 9000(市民兵含む)

    東ゴート軍 150000


    フラウィウス・ベリサリウス(ラテン語:Flavius Belisarius、505年 - 565年)は、東ローマ帝国の将軍。

    その用兵の才のため、歴史家エドワード・ギボンは彼を「大スキピオの再来」と評した。

    妻はアントニア。一人娘にヨハンニナがおり、皇后テオドラの孫アナスタシウス(テオドラの非嫡出子の一人で皇帝ユスティニアヌス1世の養女でもある同名の娘テオドラの息子)と結婚したが、後に離婚している。
    アナスタシウスとヨハンニナとの間に子供は確認できない。

    なお、ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂にあるモザイク画で、ベリサリウスの左隣に描かれている人物はアナスタシウス、皇后テオドラの右隣に描かれている女性はアントニアで、その隣はヨハンニナという説が近年提示されている。
    ヨハンニナと思われる女性は左手でアントニアと思われる女性にさりげなく触れているが、この仕草は両人が親族であることを示していると言われている。
    【東ローマ帝国将軍ベリサリウスさん、とんでもない戦力差で包囲殲滅陣を破ってしまう】の続きを読む

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    名無しさん@おーぷん2017/04/28(金)20:17:32 ID: ID:Szq

    東ローマ「じゃあワイ穀物地帯のエジプトや豊かな中東、学問の中心のギリシャ持ってくわ」
    東ローマ「代わりに貧しいガリアや蛮族の侵入地帯のゲルマニア上げるわ、そんじゃw」


    ひどない?




      【東ローマ「ワイら2つに分かれよか」西ローマ「うん」】の続きを読む

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