モンゴル

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    名無しの歴史部員 2018/07/14(土)07:47:26.23 ID: zJKAlxl1a.net

    1(中) 壱岐対馬は最初から見殺して相手の戦法を見極めてた
    2(二) 既に出兵5か月前に出兵の時期を想定し鎌倉武士団を大宰府に展開してた
    3(一) 相手が人質を楯にして攻めてきても関係なく矢を射かけまくってた
    4(三) 2度目は30キロの防塁を沿岸に、20キロの空堀を博多の南に、10キロの水堀を大宰府に築いていた
    5(遊) 博多が略奪されてるのは目に見えてるので、敵が来る三日前に博多を略奪しつくしてた(鎌倉武士団が)
    6(右) 2度目の時はモンゴルに倣って人質を楯にして攻撃してた
    7(左) てつはうにあんまり動じずそのまんま徒歩で戦ってた
    8(捕) 2度目の時は夜襲しまくって眠らせなかっただけじゃなく相手の船に牛馬の腐乱死体を積極的に投げ入れてた
    9(投) 元軍が壊滅した後、取り残された元軍の内、宋人は助命したが高麗人、モンゴル人は負傷者も女性も含めて皆殺しにしてた




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    名無しの歴史部員 2018/01/03(水)08:33:58.92 ID: dT21Mw5Gr.net

    はい、アレキサンダーでもチンギス・ハーンでもありませんね
    間違いなく大英帝国のヴィクトリア女王ですね




    イギリス帝国

    イギリス帝国(イギリスていこく、英語: British Empire)は、イギリスとその植民地・海外領土などの総称である。大英帝国(だいえいていこく)ともいう。
    帝国は時代ごとの性質により、以下のように区分できる。

    1.アイルランドや北アメリカ大陸に入植し、北米植民地およびカリブ海植民地との貿易を中心にした時代 2.アメリカ独立からアジア・アフリカに転じて最盛期を築いた19世紀半ばまでの自由貿易時代
    3.自由貿易を維持しつつもドイツ帝国など後発工業国の追い上げを受け植民地拡大を行った帝国主義時代
    4.20世紀に入って各植民地が独自の外交権限を得たウェストミンスター憲章以後の時代

    一般に大英帝国とよばれるのは、特に3と4の時代である。

    1と2の時代を「第1帝国」、3と4の時代を「第2帝国」と呼ぶ。
    後者の繁栄を象徴するのはイースタン・テレグラフ・カンパニー(大東電信会社)の海底ケーブルである。
    1898年すでにハリファックスからネルソン (ニュージーランド) まで世界横断したC&W のケーブルは、4区間だけ陸を通った。
    すなわち、バルパライソ-ブエノスアイレス-モンテビデオ間、ケープタウン-ダーバン間、ムンバイ-チェンナイ間、ダーウィン (ノーザンテリトリー)-アデレード-シドニー間である。
    これらの地域が産出する鉱産資源は大英帝国の手中にあったし、今日も英米系大企業が利権を維持している。
    イギリス帝国の終期は諸説あるが、早くて第一次世界大戦後に対外的にはアメリカ合衆国が台頭し、国内的には戦争に犠牲を払った植民地に自治権を付与するウェストミンスター憲章制定を以て終わりとする説、遅いもので第二次世界大戦後の1947年に、最大の植民地であるイギリス領インド帝国がインドとパキスタンとして独立し、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン移民地域も主権国家として独立したころには「帝国」から「イギリス連邦」への移行が顕著になった時期とする説などがある。
    イギリスが最後の植民地を失ったのは香港で、1997年の香港返還である。
    大英帝国は、その全盛期には世界史上最大の面積を誇る帝国であり、唯一の超大国とも呼べる地位にあった。
    第一次世界大戦終結から第二次世界大戦までの間は、アメリカ合衆国とともに超大国であった。
    第二次世界大戦後にはイギリスは超大国の地位から陥落し、各植民地が独立してイギリス連邦が発足した。冷戦期には、アメリカ合衆国とともにソビエト連邦が超大国になった。
    【世界一広大な両土の帝国に君臨したのは男ではなく女という事実】の続きを読む

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