bushi_yoroikabuto (9)


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名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

1 中 森長可
2 左 団忠正
3 三 斎藤利治
4 投 菅屋長頼
5 捕 津田信澄
6 遊 堀秀政
7 ニ 福富秀勝
8 一 蒲生氏郷
9 右 池田元助




 

2名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

森長可
ご存知鬼武蔵。織田家中のヤンキーその1。初陣の伊勢長島一向一揆から数々の戦場を転戦。甲州征伐で先鋒の将として抜群の功を挙げ、海津城20万石の大大名に。秀吉政権下における小牧長久手の戦いで戦死。




3名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

団忠正
織田家中のヤンキーその2。甲州征伐で森長可と共に先鋒を務め、次々と城を落とすなど抜群の功を挙げ、岩村城5万石を拝領。血気盛んぶりは森長可に引けを取らず、命令無視して軍を進め信長より叱責を受けている。
若手の猛将筆頭株の1人であったが、本能寺の変後の二条城の戦いにて惜しくも討死。




4名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

斎藤利治
斎藤道三の末子。彼の名を最も上げたのは月岡野の戦い。対上杉への一手として飛騨から越中方面へ攻め上がった神保氏への援軍として参戦。
上杉方の名将?河田長親を打ち破り、北陸方面の織田家優勢の構図を決定づけるという抜群の功績を挙げた。
二条城の戦いで戦死。本能寺の変が起こらなければ美濃衆の旗頭として、織田一門衆として(信長の義弟)重要な地位に列せられたであろう。




5名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

菅屋長頼
信長側近衆の代表格。信長の忠実な官僚として様々な仕事をこなすが、最も有名なのは北陸方面軍の取次を務めたこと。
内通の疑いのある寺崎や遊佐の処刑、配下武将の知行安堵など政務をこなしながら、信長の上使としては北陸軍団の上から指示を出すなどその権勢は凄まじいものがあった。現代の企業で言う秘書室室長みたいなものか。
越前府中の拝領は決定事項とされており、北陸軍団が上杉を滅亡させた後は柴田勝家など越前衆を越後に転封させ、越前一国を領する大大名になっていたのでは。
例に漏れず二条城で戦死。




6名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

津田信澄
信長が誅殺した実弟?信勝の実子。つまり信長にとって甥。親父が謀叛人であるにも関わらず、その将才を信長にも認められて配下に。
メキメキと頭角を現しながら、一時期養子入りしていた義父?磯野員昌の業務を乗っとる形で要衝の近江高島郡を治める。後に明智光秀の娘婿に。
信孝を旗頭とした四国方面軍の副官の1人に抜擢されるが、本能寺の変後、光秀との内通を疑った丹羽長重らに殺されてしまう。
四国方面軍で功績を挙げさせることは既定路線で、それを持って光秀の持つ畿内の権力基盤を引き継がせる予定だったんだろうと思われる。




7名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

堀秀政
名人久太郎として高名。前述の菅屋、後述の福富らと共に側近衆の代表格としての行動が多く記録に残る。
この人も近江長浜の拝領が決定事項で、秀吉率いる中国方面軍の取次を担当していた。信長の構想としては畿内周辺の要所は従来の老臣たちから召し上げ、側近や親族縁者で固める。老臣たちは新しい所領を「切り取り次第」として一生前線でこき使うという感じの構想を練っていたんだと思う。
本能寺の変後も、秀吉軍として山崎の戦い、小牧長久手の戦いでも活躍。このまま順調に出世するかと思いきや、小田原城包囲中に陣中で病を発症し、帰らぬ人となった。




8名無しの歴史部員 ID: ID:ois

弟達がいない、訴訟




9名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>8
弟たちは当たり前すぎるので省いた




10名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

福富秀勝
側近の代表格の一。上記2人とこの人、更に長谷川秀一と矢部家定を側近五人衆とし、天下統一後、最も重要なポジションに就けられたであろう。イメージ的には秀吉政権の五奉行みたいな感じか。
エリート集団赤母衣衆出身で、安土の町奉行や長篠の戦いにおける鉄砲隊の指示など様々な仕事をこなした。
例に漏れず二条城で戦死。




11名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

蒲生氏郷
信長の娘婿。幼少時代から信長から褒められまくった文章が残る旗本衆のエリート。
14で初陣を果たした後、織田家の多くの戦に参戦して功を重ねていった。
この打線の中では最も長生きで、最終的に豊臣政権で会津91万石の大大名という超出世を果たした。




13名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

池田元助
池田恒興の嫡男。嫁が信忠の妻の姉妹なので、義兄弟にあたる。幼少から信長の下でエリート教育を受け、花隈城の戦いで荒木氏清を破る功績。以後、父恒興と独立した一武将として信長?信忠直轄の遊軍的に活動。淡路島攻略を成功させるなど、若手の有望株の1人として異彩を放っていた。
父と共に小牧長久手の戦いで戦死した。




17名無しの歴史部員 ID: ID:y4p

今でも有名な武将は明智や羽柴、徳川の下なんだよな




18名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>17
というか殆ど二条城で死んでるからやむなしや
本能寺の変は信長?信忠とともに将来の織田政権を支えるはずだった有望株が軒並み主君と運命を共にしたということが意味としてでかい




19名無しの歴史部員 ID: ID:kPP

明智光秀が本能寺後にどういう青写真描いてたのかって今の学説やと定まってるんやろか…




21名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>19
光秀単独?突発的発生説が有力やから
信長信忠親子の討伐が第一目標でその後の成り行きはある程度行き当たりばったりやったんやと思う




27名無しの歴史部員 ID: ID:kPP

>>21
うーんこの
これは3日天下




20名無しの歴史部員 ID: ID:ka0

信長「家督譲った信忠も武田を滅ぼして泊もついたしようやっと隠居できるわ」
家臣「明智の謀反です!」
信長「はぁ…まぁ無茶苦茶やった因果やな…是非もなし 信忠、あとは頼んだ」

あの世
信忠「やぁ」
信長「は?」




24名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>20
有楽斎が悪いよ有楽斎が




22名無しの歴史部員 ID: ID:KjT

光秀もうおじいちゃんやったから半分ボケてたのが正解やと思う




25名無しの歴史部員 ID: ID:Wqk

>>22
創作やと若いせいでそういう考え思い浮かばへんわ




23名無しの歴史部員 ID: ID:ka0

あらかじめ計画練ってるなら毛利への密使が捕まるようなヘマさせんやろ




26名無しの歴史部員 ID: ID:ois

信忠くんは生きてたら松姫を正室に迎えてたんやろか?
ノッブが許すかは知らん




28名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>26
政治的には何も利用価値ないもんなあ
個人的に武田家は五男の勝長に名跡を継がせて再興するつもりだったんじゃないかと思ってる
ますます松姫いらんからなあ




29名無しの歴史部員 ID: ID:ois

>>28
じゃあ誰を正室に迎えるんやろ
親馬鹿ノッブのことやし相当な大物の家と婚姻させそうやけど




30名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>29
それ言われると分からんなあ
勝頼に娘がいれば良かったんやけどいないっぽいしね
松姫を勝長にあげちゃうと信忠がとんでもないNTRになってしまうが




31名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

兄弟たちのシステムも良くできてるよね
信雄:北畠家→交易の要衝伊勢湾支配
信孝:三好家→四国支配に名目
秀勝:羽柴家→秀吉が実子いないので、いずれ秀吉軍団の基盤を継承させられる
勝長:武田に養子入りしていた縁を活かして武田の名跡復興から甲斐信濃拝領

こんな感じで本家の嫡男は信忠以外あり得ない状態にしつつ、弟たちに明確な役割を与え、かつ既存の勢力や老臣たちの権力基盤をそのまま乗っとる織田氏による織田氏のための天下統一がよく見えるシステムになっている




34名無しの歴史部員 ID: ID:kPP

信長は織田家の幕府開闢は想定してたんやろか
それとも
>>31
みたいな実行支配で天下統一できればセーフ理論やったのか




35名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>34
三職推任問題とか色々あったけど
天皇の禅譲が終わってひと段落したら関白か太政大臣か征夷大将軍のいずれかに着任やろうね
天皇とは基本融和路線やったから無理に幕府開くつもりはなかったかもしれない




32名無しの歴史部員 ID: ID:ois

なお弟たちの出来




33名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>32
言うて信雄?信孝以外の弟たちは年齢的にもほぼ未知数の段階やしね
まあ時勢が悪すぎた




36名無しの歴史部員 ID: ID:ZXa

本能寺の変ってかなり色んなことを台無しにしとるよなぁ




37名無しの歴史部員 ID: ID:hv7

二条城で戦死してなくても小牧長久手で戦死してるなら実質本能寺の変で死んでるようなもんやしなあ




38名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>37
制御不能の鬼武蔵さんと
宿老風吹かして偉そうな池田さんが
小牧長久手で両方逝った時は猿小躍りしたと思うで




39名無しの歴史部員 ID: ID:Swa

??「もう無理や信忠。潔く切腹するんやで。え、ワイ? もちろんワイも一緒にや!」




40名無しの歴史部員 ID: ID:Wyy

>>39
信長人事の最大のミスと言っても過言でない
有楽殿を嫡男の補佐役につけたこと




引用元:信忠政権成立時の有望銘柄で打線